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中国

China Market Eye 海外投資家は中国当局の政策意図を見誤った?

2021.08.30 (月)

アイザワ証券 上海駐在員事務所

柳 林

China Market Eye 海外投資家は中国当局の政策意図を見誤った?

効率優先から公平性配慮へ

今年4月以来、中国政府による一連の業界規制導入は、海外上場の大手IT関連株の時価総額が一時的に1兆米ドル目減りするなど、市場を震撼させました。

それは海外投資家の信認を大きく損なっただけでなく、強権発動による統制経済への逆戻りで中国の政策リスクやイノベーションの停滞を招いてしまうとの悲観論も、海外を中心に急浮上しているようです。

今年3月に採択された中国の第14次5ヵ年計画(2021~25年)と、今年の政府活動報告の中では、「独占禁止」や「共同富裕」が政策重点目標として明記されており、一連の規制はそれに沿って実行されたものと思われます。

今日の中国は貧困問題を乗り越え、次のステージである「中所得国の罠」に直面しています。日韓台の経験則に照らせば、中間層の拡大や技術革新がその鍵を握っています。それは、第14次5ヵ年計画で決定した中国の「双循環戦略」の基軸でもあります。

中国経済が世界に先駆けて正常化を達成しつつある背景下で、当局は政策の重点を構造問題の解決にシフトさせ、「中所得国の罠」からの脱出を視野に、効率優先から公平性配慮に舵を切る包括的な分配制度改革に着手し始めたと思われます。

海外投資家は政策意図を見誤った可能性も?

中国では、高騰する不動産、医療、教育費は、消費マインドや出生率を圧迫し、社会不満を生み出す「3つの山」と言われます。そのような中、当局は強力なリーダーシップの下で消費不安に対処する強い決意を示しました。

具体的には、従来とは異なる強力な不動産引締め措置を打ち出したほか、教育や医療分野にビジネスモデルの抜本変更を迫っています。また、ビッグデータ時代を迎える中、データは最も重要な社会的なリソースとなっています。データを独占し、中小企業の成長やイノベーションを阻害するプラットフォーマーの「一人勝ち」を回避するのが一連ネット規制の狙いです

一連の業界規制は、2016年から実施されている「供給サイド改革」が、過剰設備業界から不動産やIT・ネット、教育などのセクターに及んだことを示唆しています。その目的は、より公平で秩序ある競争環境を提供することです。

大局的に見れば、当局が中国経済の持続的な成長を視野に取り組む広範な改革パッケージの一部であり、民間企業に対する無秩序な締め付けではありません。過去にもこのような状況が度々あったように、海外投資家は当局の政策意図を見誤った可能性があります。

中国のIT関連企業に対する成長期待が強いだけに、海外投資家は株価の急落に不意を突かれることになりました。ただ、当局の政策変更は透明性を欠き市場とのコミュニケーションがなされていないのも明白です。市場信頼感や株価のバリュエーション体系を安定化させるには、ルールの明確化が欠かせません。
一方、中国経済が重要な転換期に差し掛かっているだけに、投資家は政策の変化に細心な注意を支払う必要もあると思われます。

「共同富裕」の実現はあらゆる産業に朗報か

上図が示すように教育や医療、社会保障における中国の政府支出は年々増大し、「全人民が共に豊かになること(共同富裕)」という新たな目標を着実に推進しています。消費主導の成長モデルへの転換が成功すれば、IT企業を含め中国のあらゆる産業にとって大きな朗報です。

また、当局はプラットフォーム企業の収益基盤である支配的地位を問題視しているわけではなく、その濫用に焦点に当てています。規制強化は長期的には中小企業の見通しを改善させるなど、市場の秩序や活力の向上に寄与すると思われます。

アリババやテンセントなど大手プラットフォーマーが、香港など海外市場に上場していることもあって、中国本土の投資家は一連の規制に対して楽観的で冷静なスタンスを貫いています。プラットフォーマー株を中心とした香港ハンセンテック指数が年初から一時3割下落し、6年振りの高値を更新した深セン創業板に大差を付けられるなど、政策によってテック株の明暗が分かれています。

中国本土投資家はリスクオンを強める

今年1~7月の中国本土市場の証券取引印紙税は、前年同期比42%増とこのペースでは過去最高であった2500億元(4.2兆円)に迫っています(上図参照)。これまでの信用緊縮が指数上昇の重石となっているものの、市場の売買代金が連日で1兆元(約17兆円)の大台を超えるなど、投資家のリスクオンの度合いは2015年のバブル期並みです。

また、1~8月の中国企業のIPO件数は記録的な392社(中国本土329社、香港63社)と世界全体の25%を占め、資金調達活動は規制の影響をほとんど受けていません。新規上場企業の80%以上がハード&コアテクノロジー系の成長企業を占めるなど、国内経済の大循環や技術自立を促すイノベーション戦略、脱炭素に政策支援が集約されています。

中国本土の投資家は、半導体や新エネルギー車などの国産化や新技術に対してリスクオン姿勢を強め、新5ヵ年計画で決定された「革新駆動」「技術自立」といった国家戦略に呼応する格好となっています。

教育関連企業は新規事業開拓を急ぐ

規制からの打撃が大きい教育セクターに関しても、少子化対策の一環として、過度な学歴偏重の是正や教育の公平を目指す「学習大国」「人的資源強国」「人材強国」といった「中国教育近代化2035」の国家戦略が打ち出されたばかりです。生徒に負担を強いる学科教育が規制の対象となった半面、職業教育やキャリア教育、教養教育などが奨励されています。

一連の規制発表に伴って、教育関連の上場企業は相次いで音楽や美術、書道などの芸術や科学、スポーツ、プログラム、新入社員教育、英会話、幼稚園の運営などへの業務拡充を発表するなど、新規事業の開拓を急いでいます。

市場では、教育に熱心な親たちが教養教育などに資金をつぎ込むのではないかとの思惑から、ピアノメーカーの株は教育規制発表後の数日間で2倍以上に跳ね上がっています。

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ライター

柳 林

アイザワ証券 上海駐在員事務所

柳 林

中国遼寧省瀋陽出身。日本の証券会社で中国株の調査に従事したのち、2003年にアイザワ証券に入社。投資リサーチセンター(現市場情報部)で中国株の調査、分析を担当する。2005年にアイザワ証券子会社の上海藍澤投資諮詢有限公司の社長に就任、2008年よりアイザワ証券上海駐在員事務所の首席代表を務める。日本からは分かりづらい中国の「リアル」な姿を現地から伝える。

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